第310号 【パリさん】:カラーローズ—ブルー・オレンジ軸
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■ 1.【ぱりさんのオーラソーマ】:カラーローズ──ブルー・オレンジ軸
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ときどき、幕あいに顔を出す、「オーラソーマ」をちょっと部外者的な立場か
ら眺めてみる【ぱりさん】シリーズです。^^;
オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”に見立て
て、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。
ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでお付き合いいただければ、案外、面白
がっていただけるかもしれません。
カラーローズの12色は“人間心理”に翻訳するなら、“最もリラックスした
状態からある方向にズレようとする意図”のこと、というお話をしました。^^;
ピントきた方もいらっしゃるかもしれませんが、なんのことやら、と思われた
方もいらっしゃるだろうと思います。(^^;)
あまり気にせず聞き流していただければと思いますが、ただ、これだけは疑え
ないという事実も……あります。
それは、多次元宇宙はひとつの統合体(コスモス、ユニティ)であって、全体
を統括しているのは「バランスの法則」だ、ということです。
つまり、現象世界として顕現するには、一定の“規則”にしたがわないといけ
ないわけです。
仮に、この“規則”にしたがわない現象というのがあったとしても、そういう
ものは顕現できません。
なぜなら、仮にそのような現象があっても、それは知覚可能でないからです。
知覚できなければ顕現できませんし、顕現できなければ現象としては存在でき
ないわけです。
では、知覚可能であるためのその“規則”とは何か?
現象する森羅万象がすべて遵守しなければならないその一定の“規則”のこと
を「二元性(の原理)」といいます。
簡単に言うと、“明”が在るためには“暗”がなくてはならない、“善”が在
るためには“悪”がなくてはならない、ということです。
つまり、どんな現象もそれを否定するような現象の裏付けがなければ存在でき
ない、ということです。
かくて、現象世界は不可避的に“内部矛盾”を抱えざるをえません。
相互に矛盾し、葛藤する要素を、内包しなければならないわけです。
そして、その“内部矛盾”が顕現世界全体を崩壊させてしまうことがないよう
に、永遠の調停・調整作業が自動的に起こっているわけです。
現象世界が“永遠の変化”でなければならないのはそのためです。
そして、この自動発生する永遠の調停・調整作業のことを「バランスの法則」
と呼んでいるわけです。
いわば“神の御業”と言ってもいいわけですが、別に神様が一瞬一瞬、判断し
手加減しながら調整しているわけではありませんよね。(^^;)
完全な自動過程です。
だからこそ……「バランスの法則」です。
そして、この「二元性の原理」を遵守し、構造的に「バランスの法則」を内包
している万能の現象形態が……どなたもご存知の、いわゆる「波動」です。
というわけで、多次元宇宙は“波動宇宙”として現象しているわけです。
視覚的世界を構成する「色」も波動です。
聴覚的世界を構成する「音」も波動です。
お釈迦さまの語法で言うなら「眼耳鼻舌身意」すべての現象形態は、いわば、
“波動の法則”に則って現象しているわけです。
この文章はですから、「眼界」と「意識界」の相関関係を類推して楽しんでい
るということになるのかもしれませんね。
ちょっと脱線しました。^^;
カラーローズの「補色」関係とは“色彩心理”の言葉に翻訳するなら「意図」
の“対”のことだ……という話に戻りましょう。
それが誰の意図なのかはひとまず措くとして、現象世界を創造するのが何らか
の意図、いわば“欲望”であることだけは確かでしょうね。
ところが「二元性」が支配する現象世界では、あらゆる“欲望”はそれを否定
する“欲望”によって裏付け(=補完)されなくては存在できません。
となると、“欲望”にはすべてその“対”になる“欲望”があるわけです。
まあ、端的に言うなら、「生きたい」という思いがあれば、必ず「死にたい」
という思いもあるということでしょうか。
とすると、“人間心理”の全パノラマには、構造としてはじめから“欲望対”
が組み込まれているということになります。
これを「カラーローズ」では“補色軸”と呼ぶことにしたのでした。
ただし、「カラーローズ」は全人間心理のカラーインデックスですから、ここ
に現れるのは細かい具体的な“欲望対”ではありえないでしょうね。
「カラーローズ」のなかに現れるような“欲望対”は、たぶん深い構造を内包
したいわば“根元的欲望対”になるのではないかと推測されます。
前置きが長くなりました。
早速、具体的に観ていきましょうか。
「カラーローズ」の12方位には6つの“補色軸”があるわけですが、今回、
最初に取り上げるのは……もちろん、
・ブルー <=> オレンジ補色軸 = ブルー・オレンジ軸
です。
●←ブルー
ロイヤルブルー→○ ・ ○←ターコイズ
・
ヴァイオレット→○ ・ ○←グリーン
・
・
マジェンタ→○ ○ ○←オリーブ
・ グリーン
・
レッド→◎ ・ ◎←イエロー
・
コーラル→○ ・ ○←ゴールド
●←オレンジ
カラーローズで12時の位置を占める「ブルー」がどんな意図であるかにつ
いては、以前連想を綴ったことがあります。
http://www.aura-soma.co.jp/newsletter/backnumber/dtl_711.html
「ブルー」は顕現世界に最初に明け初めた“人間心理”です。
といっても、それはわれわれが通常連想する「個人」としての“人間心理”の
ことではありません。
まだ、「個人」などという幻想がはじまる遥か以前のことですから……。
ただ「ブルー」が顕現世界を生みだす基盤ではあったことは……どうも間違い
のないことのようです。
というのも、「ブルー」には、現象世界の見かけの混乱からの“帰還方法”が
託されているようだからです。
「ブルー」には展開されるべき現象界のすべての青写真とともに、そこで展開
されるすべての幻影からの“帰還の道”も託されています。
まるで……顕現世界ではあらゆる“誤解”と“混乱”が起こることを前もって
知っていたみたいですね。^^;
では、その“誤解”と“混乱”の最深の根底にある元種とは何でしょうか……。
それは……“自分はいる”という感覚です。
すべての現象世界の基盤にある“私は在る”という感覚……。
むむ。(@_@)
では……その本来の真実への“帰還方法”とやらは……。(?_?)
それが、「ブルーの心理」に書いた
「じつは、自分独りしかいない」
という「独存の平和」を思い出すことです。
「ブルー」は何ひとつ遮るもののない大空の色です。
すべてが見渡せます。
それは「神の視界」とも言えるかもしれません。
しかし、翻ってよく考えてみれば、“何ひとつ遮るものがない”のであれば、
何も見えるはずはありませんよね。(@_@)
たとえば、宇宙空間では“何ひとつ遮るものがない”場合は、本当に何も見え
ないでしょう。
あるいは、暗黒が見えるだけのはずです。
地球上で晴天の大空が青く見えるのは、空気中の微粒子が太陽の光を乱反射し
ているからです。
つまり「ブルー」というのは……何ひとつない「神の視界」を表す色……とは
ちょっと違うのかもしれませんね。
「ブルー」は、“気づきの光”が何かによって遮られている色なのです。
何によって遮られているのか……。(-_-;)
それが……“自分はいる”という感覚……だと言えないでしょうか?
ということは「ブルー」には、存在を顕わそうとするいわば“潜在的な意図”
がすでに含まれているということです。
つまり、すべての幻想は“自分はいる”というこの感覚を根拠として展開して
いると言えそうです。
だからこそ、すべての現象世界は「ブルー」を基盤としているのです。
「ブルー」が根源色であるのはそのためでではないでしょうか。
では、この“補色軸”のもう一方の色、「オレンジ」とはどういう色でしょう
か?
カラーローズで6時の位置を占める「オレンジ」がどんな意図であるかについ
ても、以前連想を綴ったことがあります。
http://www.aura-soma.co.jp/newsletter/backnumber/dtl_700.html
この「オレンジ」に課された使命は、「ブルー」が許し、「イエロー」が意図
し、「レッド」が実現した多様な顕現世界を“安定させる”ことでした。
上の図を見てもわかりますが、「ブルー」の補色「オレンジ」は「イエロー」
と「レッド」の中間の色です。
「オレンジ」は個別を意図した「イエロー」と顕現世界を実現した「レッド」
の申し子なのです。
この2原色の意図を引き継ぎ、その“正当性”を立証し、顕現世界を安定させ
るのが「オレンジ」に期待された役割です。
個別が個別として存在できる世界、多様な個性が共に顕現できる素晴らしさを
歌い上げることが、「オレンジ」に託された使命なのです。
以前の連想で“オレンジの心理”を、
「みんなで、もっと創造を楽しもう!」
というメッセージに託してみたのはそのためでした。
そして、オレンジの本質を「創造への賛歌」「帰属と献身」という言葉で表現
してみたのでした。
しかし、“快楽”が“苦痛”という対価なしには手に入らないように、顕現の
世界ではどんな“願い”もタダでは手に入りません。
“きらびやか”で“賑やか”な多様な世界の創造の喜びは、その背後で秘かに
何らかの対価を支払うことによって手に入れたものなのです。
その対価とは何か……?
「オレンジ」は何を否定することで、この多様な個性に満ちた世界を謳歌する
ことができているのでしょうか?
「カラーローズ」で「オレンジ」の対極にあるのは、むろん「ブルー」です。
ブルーの本質を、“神の視界”“独存の平和”と定義してみたのでしたね。
ならば、「オレンジ」が自ら特質(創造の賛歌・帰属と献身)手に入れるため
に支払った対価は、ブルーの本質(神の視界・独存の平和)ではないか?
「オレンジ」は自ら“神の視界”と“独存の平和”を否定することによって、
“創造の賛歌”“帰属と献身”を手にしたのではないでしょうか。
「オレンジ」は“独存”を否定することによって、世界への“帰属”を手に入
れたのです。
世界への“帰属”とは、言葉を換えて言えば、自らの存在証明(アイデンティ
ティ)を現象世界に依託するということです。
ありていに言うなら、“帰属”とは“依存”です。
「オレンジ」は“独存”を否定して“依存”を手に入れたんですね。(>_<)
これでたいたい、“ブルー・オレンジ補色軸”がどのような極性の対立軸であ
るかが判明したようです。
「カラーローズ」の
“ブルー・オレンジ補色軸”とは“独存・依存軸”
のことではないでしょうか……。
ただ……不思議なんですよねぇ。
“独存”といい“依存”と聞けば、まるで一方は他方を否定しているだけで、
そこに協調の余地などまったくないように見えます。
ところが不思議なことに、二元性の両極の間には、一種“憧れ”とも言えるよ
うな牽引力が、伏流水のように通い合っているようです。
静謐と平和に安らう“独存”に、“依存”の賑やかさや“共存”の豊かさに惹
かれ瞬間がないわけでもない。
共存の賑わいを満喫する“依存”に、“独存”の静謐と平和を願う瞬間がない
わけでもないのです。
二元性の世界のなかでの“欲望対”とは、そのようなものであるようです。
次に機会があったら、また別の“補色軸”を眺めて、勝手な連想を楽しませて
いただくかもしれません。
いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定された見解では
なく、「オーラソーマ」がゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」と
いう素晴らしいツールに触発された、まったく自由な立場からの連想です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>
pari 記
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