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オーラソーマ4本ボトル・ミニリーディング(無料)

巻頭エッセイ


第517w号 【パリさん】:カラーローズ―幸せとの距離

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■ 1.【ぱりさんのオーラソーマ】:幸せとの距離(幼児と大人) (2014,5/28)
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あなたは幸せですか?

どうして子どもは幸せで、大人は幸せではないの?

・・・というようなことが、今回のぱりさんのオーラソーマエッセ
イのなかで考えられています。

皆、幸せを望んでいるのに、どうしてなかなか幸せになれないので
しょうか?

それは幸せになるためのハードルをどんどん上げてしまって、自分
を不幸にしてしまっているメカニズムがあるからなのですね。

あなたは幸せになるために、どういう条件をつけていますか?

そういう条件を全部取っ払ってしまえば、今すぐにでも幸せになれ
るのに、そのようにしないのはどうしてなのでしょう?

それはマインドのなかに生きていて、ハートのなかに生きていない
から、とも言えます。
(マインドとハートについて、最近ブログに書いたので、興味ある
人は読んでみてください↓
http://ameblo.jp/unityinstitute/entry-11862804599.html

ただ、オーラソーマのボトルを眺めているだけで幸せ。

ポマンダーの香りに包まれているだけで幸せ。

・・・と、思ったことはありませんか?

そのように思えたときには、ハートが開いているときです。

オーラソーマを使うときに、ただ、今ここにいて、ハートの目で見
て、ハートでその香りを味わうことができたとき、そのマインドの
罠から抜けでて、ただ幸せに感じることができるのです。

瞑想のなかにいるときには、ただ理由もなく、幸せな気持ちが湧き
あがってきたりもしますよね。

命の源、存在とつながっているときには、そこには、ただ幸せがあ
るのです。

ただ、その人が生きてくれているだけで幸せ。

今、自分がこの肉体を持って生きているだけで、そこにはどれだけ
の奇跡があるのか、信じられないぐらいです。

そう、あなたは幸せでいていいのです。

今、自分は不幸だという人は、「自分は幸せでいちゃいけないんだ」
と思ってしまっていませんか?

オーラソーマは、あなたは愛されている、あなたは幸せでいていい
のだということを発見する道具でもあります。

以前に、このメルマガ「オーラソーマ通信」の500周年記念企画
として、皆さまのご提案いただいたなかに、「皆さんはオーラソー
マをどのように使っているのか、アンケートを取ってみませんか」
というご提案がありました。

そのご提案を実現する企画として、今回「オーラソーマアンケート」
を実施することになりました。

皆さんがオーラソーマを使って、どのように幸せを発見したのか、
オーラソーマの幸せな使い方、などいうヒントなどもお寄せいただ
けると嬉しいです。

☆オーラソーマアンケート☆
http://aura-soma.co.jp/mail/forms.cgi?id=LE_questionnaire_201405

このアンケートの詳細は、このメルマガの後半にもご案内がありま
すので、読んでみてくださいね。

それでは今日も、幸せな一日をお過ごしください。

                           尚 記


       ………○…………○…………○………


ときどき、幕あいに顔を出す、「オーラソーマ」をちょっと部外者
的な立場から眺めてみる【ぱりさん】シリーズです。^^;

オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”
に見立てて、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでお付き合いいただければ、
案外、面白がっていただけるかもしれません。

前回、赤ん坊は“他人”じゃないって変な話になりました。(^^;)

“他人”に対しては誰だって多少なりとも緊張するものです。

ところが相手が“他人”じゃないから、赤ん坊に対してはこっちも
“自分”になる必要がない。

ということは、自分も赤ん坊のときは、“自分”じゃなかったわけ
です。

つまり“自分”って、生まれつきのものではなくて、学習したもの
なんだなぁって、そういう話になったのでした。

いったい、赤ん坊とわれわれ大人は何が違うんでしょうね?

赤ん坊は、どんなふうに大人になるんでしょうか?

「氏より育ち」という言葉がありますよね。

人間形成で大事なのは、家柄よりも教育や環境だということでしょう。

「氏」を“家柄”というより“血筋”の意味にとるなら、ちょっと
強引ですが「DNA」の意味に取れないこともありません。

もちろん、「育ち」は「条件づけ」でしょう。

そうとすれば、「氏より育ち」とは、可能性(DNA)より養育過程
(条件づけ)のほうを重視したことになりますね。

でも、DNAや条件づけがどうあれ、たいていは赤ん坊はいつか大人
になります。

何が赤ん坊を大人にするんでしょうか?

赤ん坊はまだ“自分”ではないので、“自分”と“他人”の区別が
つかないし、その違いもわかりません。

違いがわからないから、違いを問題にすることもありません。

大人はすべて、いろいろな違いを問題にするようです。

いったい、どこで問題になるのか、誰が問題にするのか?

そう、そういうすべての問題が発生してくる場所、すべての問題が
集約する場所が“人間心理”すよね。

人間はこの“人間心理”の世界で、幸福になったり不幸になったり
するのだと思います。

そして、「カラーローズ」というのは、その“人間心理”の元型の
インデックス(索引)に当たるわけです。

もちろん、「カラーローズ」のなかに“幸福”とか“不幸”という
特定の場所があるわけではありません。

ただ、“幸福”になる原因、“不幸”になる原因の、元型としての
意図(=欲望)がここに網羅されているのです。

だから人間のどんな幸福の状態も、どんな不幸の状態も、その原因
となった意図(=欲望)は、すべてここに集約されています。

だから、人間の“幸福”も“不幸”も、その理由はすべてわかって
いるわけです。

ここにひとつの欲望があるとします。

その欲望が満たされた状態が、その欲望にとっての幸福です。

その欲望が満たされない状態が、その欲望にとっての不幸です。

なんか当たり前すぎて、つまらないくらいですね。

でも、インディアン嘘つかない、これホントなんですよ。(*^_^*)

ちょっと古すぎて、通じないギャグですが。(^_-)

「人間心理」の世界で、個々の人間の興味関心、趣味、嗜好などは
まったく異なっているようでもあります。

でも、それら千差万別の個々の意図(欲望)が表現されるとき、そ
の表現が願うことはじつはまったく同じです。

それが何か、わかりますよね。

すべての意図の表現は、「幸せ」を願っています。

これもまた、当たり前すぎて、面白くもないかもしれません。

でも、ホントなんですよね。(-_-)

人間の様々な行為は、すべて「幸せ」を願って表現されます。

だからその行為の結果が、まわりの環境や人々に喜ばれたり、感心
されたりしたら、表現者は嬉しくて、「幸せ」になります。

反対にその行為の結果が、まわりの人々に嫌がられたり、馬鹿にさ
れたりしたら、表現者は悲しく、つらく、「不幸」になります。

何らかの意味で優位の者が、劣位の者を苛むことを「いじめる」と
言いますよね。

昔からどんな社会にも、大なり小なり「いじめ」はあったのだろう
と思います。

(まあ、優良星とか劣等星とかいう話はなしとしてですが。(^^;))

このところ社会に余裕がないのか、大人の世界から子供の世界まで
ずいぶん「いじめ」の話が広がっているようですね。

この「いじめ」なんか、「幸せ」を求めた行為ではないような感じ
もあります。

でも、これも比較心理のなかで“相対的優越”というちょっと悲し
い「幸せ」を願った行為でしょうね。

そんな具合で、人間のあらゆる行為は「幸せ」を願った意図の表現
なのですが、ご承知のように、これがなかなか成功しない。

なぜか?

なぜなら、人間が求めている“現れのなかの「幸せ」”というのは、
じつは通常想像されるよりずっとハードルが高いからです。

ゲームなんかで「ビギナーズラック」と呼ばれる現象があります。

まったく何の意図もなく、初めてそのゲームでプレイした初心者が、
意外な好結果をだしたりすることですよね。

誰もがそうとはかぎりませんが、人間の子供はごく幼いころにこの
「ビギナーズラック」を味わうことが多いのです。

大人には幼い子供の仕草が可愛らしいので、幼児のころにはまわり
の大人たち(主に親)の称賛が得られやすいからです。

ところが年を経るごとに、この周囲からの称賛という蜜の味を獲得
することは、急速に、しかも格段に難しくなっていきます。

なぜか?

周囲の人々が、そして何よりも本人自身が、そのつかの間の「幸せ」
の達成基準、つまりハードルを高くしていくからです。

そして現象のなかでの「幸せ」が、ますます“心理的なもの”にな
っていくからです。

幼児のころには想像もしなかった多くの能力を獲得しているのに、
幼児のころの「幸せ」に浸っている大人はまずいません。

「幸せ」の達成基準が当時とはまったく違うからです。

また大人は、幼児のころ想像もしなかった多くの“物思い”を抱え
てもいます。

いろいろな想像をし、不幸を避けるための心配でいっぱいになって
もいます。

それに現れのなかの“幸せ”の“賞味期限”のいかに短いことか。

幼児の「幸せ」と大人の「幸せ」は、どうしてこれほど違うんでし
ょうね?

このへんに、幼児と大人の違いの秘密が隠れていそうです。

幼児と大人の違い、それは幼児が住む世界と、大人が住む世界の違
いによるんじゃないでしょうか。

幼児が住む世界からと、大人が住む世界からの、「幸せ」への距離
が違う、と言ったらわかりやすいかもしれません。

一言で言ってしまえば。(*^_^*)

じつは幼児は「幸せ」のなかに住んでいて、そこから現れ(現象)
を見ているのです。

対して、大人は、現れ(現象)の世界に住んでいて、そこで現象と
しての「幸せ」を獲得(創造)しようとしているのです。

幼児は「幸せ」のなかに住んでいるので、「幸せ」になる必要がな
いとも言えます。

「幸せ」であるために、これほど強力な場所は他にありません。

「幸せ」になる必要がないんですから。(^^;)

それに比べて、大人は気の毒です。

移ろいやすい現象世界のなかで、つかの間の「幸せ」の形を追求し
なければならない。

幼児はどうして、それほど比類なく卓越したポジションを放棄した
んでしょう? (?_?)

じつは、それこそが「ビギナーズラック」の真意です。

そしてヒンドゥー教などで語られるカルマ、輪廻転生の思想と、そ
こからの脱出を願う思想の根拠もここにあります。

幼児にはまったく何の期待もなかったので、「ビギナーズラック」
として、自分の「幸せ」を現象世界に投影することができました。

ところが、幼児は自分が住んでいる世界の尊さを知らない。

幼児は自分が現象世界に投影した形のある「幸せ」が、現象世界の
なかにあるのだと思いこむのです。

幼児の「幸せ」は、その子が現象世界に住んでいないこと、それに
何の期待ももたないことに根拠がありました。

幼児はただ、現れた形に自然に生ずる仕草で応じただけです。

そしたら、まわりの人たちから「あなたはなんてすばらしいの!」
と言われたのです。

そして、その“すばらしい”とみんなが褒めているらしいこの身体
が“自分”なんだと、教育され、思いこんでしまうんです。

そして、その現れの世界のリアリティのなかに誘導され、そのなか
に入りこみ、そこに住みこむことになる。

それがかく言う、われわれ大人ですよね。

行きはよいよい、帰りは怖い、です。

移り住んだ現れの世界は、「二元性の原理」という厳密な法則によ
って支配されている世界でした。

そこは“自分”と“他人”がいる世界、“自分”がまわりから分離
されている世界です。

だから“自分”の立場から、期待をもって、判断(解釈)すれば、
あらゆる現象の意味はどこまでも細分されていく世界です。

“自分”はつねに「幸せ」を願って、期待をもって、行為するのに、
形ある「幸せ」はますます遠のくばかりなのです。

期待のあるところに、「ビギナーズラック」は二度と再び訪れるこ
とはないからです。

これがヒンドゥー教などで語られるカルマ、輪廻転生の輪、そして
そこから脱出したいという願いの根拠ですよね。

インドの覚者Oshoは、希望や期待についてこう語ります。

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 絶望は常に、あなたが希望しすぎているときに、その度合いと同
 じ比率でやってくる。
 期待すれば、あなたは失望することになる。
 希望すれば、遅かれ早かれ、あなたは絶望することになる。
 だから、私のここでの努力というのはすべて、あなたを希望する
 ことから解放することにある。
  『The Book of The Books, Vol.IX』
------------------------------------

と。

そんなことを言われてもねぇ。(^_-)

『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこ
へ行くのか』( http://p.tl/0WWA )。(-_-)

実際、この旅はどこへ向かっているのでしょうね。^^;;

次に機会があったら、また「カラーローズ」を別の視点から眺めて、
勝手な連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定され
た見解ではありません。

「オーラソーマ」がゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」
という素晴らしいツールに触発された、まったく自由な立場からの
連想です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

                          pari 記


       ………○…………○…………○………

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