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巻頭エッセイ


第728号 【パリさん】:同時に両端を:ブルー・オレンジ極

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■ 1.【ぱりさんのオーラソーマ】:        (2017,3/22 水)
           同時に両端を見る「ブルー:オレンジ極」
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今回、ぱりさんは「同時に両端を見る」ということについて話して
います。

外側の世界は二元性の世界です。常に両極が存在しています。

ポジティブがあればネガティブ、陰があれば陽、愛があれば憎しみ
もあります。

陰陽、愛憎はひとつの言葉と言っていいぐらいです。

「愛は憎しみがなくては存在できない」

それはマインドの世界だからです。

マインドでは両極を同時に見ることは難しいです。

コインの表を見れば裏を見ることができませんし、その逆も言えます。

ゲシュタルト心理学で、だまし絵というものがあります。

老婆が見えるときには娘が見えませんし、杯が見えるときには二人
の顔が見えません。

両方を同時に見るのは第三の視点が必要であり、両極を同時に見ら
れるのは瞑想的観点が必要です。

愛があって憎しみがない世界があります。

それは外側の世界ではなく「本質」の世界です。

それはマインドではなく、ハートで見る世界です。
http://unityinstitute.jp/meditation/heart.html

ハートの中心の近くの「本質」の世界では、愛のみがある世界です。

詳しくは、こちらの「意識の多重構造」の「本質」の層を見てください。
http://unityinstitute.jp/ishiki_map.html

それでは、【ぱりさんのオーラソーマ】:同時に両端を見る
「ブルー:オレンジ極」を、どうぞお楽しみください。

今日もすてきな一日を!

                           尚 記


       ………○…………○…………○………


ときどき、幕あいに顔を出す、「オーラソーマ」をちょっと部外者
的な立場から眺めてみる【ぱりさん】シリーズです。^^;

オーラソーマのカラーローズを“全人間心理のカラーインデックス”
に見立てて、その内部的なダイナミクスを連想して楽しんでいます。

ちょっと理屈っぽいですが、常識だけでおつきあいいただければ、
案外、おもしろがっていただけるかもしれません。

「カラーローズ」は人間心理のパノラマです。
http://www.aura-soma.co.jp/intro/color_language/

でも、ここでいう人間心理とは、人間が結果として味わう悲喜こも
ごもの多様な人間心理のことではなかったのでしたね。

嬉しい、悲しい、誇らしい、恥ずかしいといった喜怒哀楽を現す
感情は「カラーローズ」のどこにもありません。

展開されているのは、そのような人間感情を味わうために体験世界
を願った【意図(欲望・願い)】の元型だったのです。

人間が味わうどんな感情にも、すべて対極的な感情があることは
よくご存知ですよね。

たとえば、嬉しいという感情があれば、その対極には悲しいという
感情があります。

感情というのは蓄積した思考が呼び起こす反応ですから、もともと
思考と感情というのは程度の差であって、別物ではありません。

はじめて聞いたときは単なる思考、何度も聞いて、それを受け入れ
れば自分の思考になるのです。

そして、いったん自分の思考になれば、それはなんらかの意味で
感情を呼び起こす潜在エネルギーになっているのです。

何かを“正しい”と判断するとき、じつはその思考が潜在的に何か
を“正しくない”と判断しているのはわかりますよね。

でないと、判断なんてできませんものね。^^;

そのように判断しているのは、ひとつの思考です。

そしてその思考を受け容れたとき、判断する当人は意識していなく
ても、その判断はかならずその当人にも適用されています。

たとえば、嘘をつくのは“悪い”と聞いて、その思考を受け入れた
ら、その思考は自分の考えになります。

すると他人が嘘をついたら、その人を“悪い”と思うだけでなく、
自分が嘘をついても、じつは“悪い”と思っています。

それが“自責の念”とか“やましさ”と言われる感情ですよね。

どんな思考も、大なり小なり判断を含んでいます。

なので、ある思考を自分の考えとして受け入れるということは、
なんらかの“感情の元種”を仕込んでいるのと同じことなのです。

「思考を自分の考えとして受け入れる」というと、まるで“自分”
というものが前もってあるように聞こえますよね。(*^_^*)

でも、実際は身体現象というものはありますが、自分というものが
いるわけではありません。

ですから、思考を吸着し蓄積することで“自分”を作成している、
というほうが正確でしょうね。(^_-)

私たちは朝目が覚めると、吸着し、記憶として蓄積されたワンセット
の思考群を、一瞬で身にまとうわけです。

なんでそんなことをするのかと言えば、現象世界で立場を確保して、
人生というドラマを体験するためですよね。

ま、それはともかく。(*^_^*)

「カラーローズ」は、この体験世界を願う意図の元型を、パノラマ
的に展開している模式図だったわけです。

前回インドの神秘家Oshoの「両端を見る」という技法に触れました。

それは体験世界での感情的対極についての言葉でした。

------------------------------------
 ある人を愛するとする。
 あなたはけっして、
 その愛の中に憎しみが隠れていることを見ない。
 が、それはそこにある。
 好むと好まないとにかかわらず、そこにある。
 いつであれ、愛すれば、
 そこにはその対極の憎しみがある。
 なぜなら、愛は憎しみがなくては存在できないからだ。
 それは好みの問題ではない。
 それはそうなのだ。
 愛は、憎しみなしには存在できない。
 相手を愛しているとき、
 あなたはその同じ人を憎んでいる。
 だが、思考にはその一方しか見えない。
 思考が愛を見ているときは、
 憎しみを見ることをやめてしまう。
 憎しみが表面に出てきて、
 思考がその憎しみに執着しているときには、
 愛を見ることをやめてしまうのだ。
 だから、もし思考を超えたいと思うなら、
 あなたはその両方をいっしょに見なければならない。
 その両端を、両方の極を。

 『信心銘』(p338)
------------------------------------

> 相手を愛しているとき、
> あなたはその同じ人を憎んでいる。

ただこんな言葉だけを聞くと、ちょっと信じられないような感じが
するかもしれません。

でも、最近のニュースを思い合わせたりすると、これが単なる抽象
的な議論ではなくて、実際にほんとうなのだということがわかります
よね。

そして、この「両端を見る」という技法を「カラーローズ」そのもの
に当てはめるとどうなるか、というのが前回の設問でした。

あらゆる知覚可能な体験を呼びだした欲望のパノラマに、直接この
「両端を見る」という技法を当てはめてみる・・・。

どうなるんでしょうね。(*^_^*)

もしかしたら、普通は見えない欲望そのものの矛盾が見えくるかも
しれませんね。

今回はまず、「ブルー」と「オレンジ」の対極にフォーカスしてみ
ましょうか。

以前「ブルー・オレンジ軸」で取り上げたのと同じ対象ですね。
http://www.aura-soma.co.jp/newsletter/backnumber/dtl_901.html


      【カラーローズの欲望・願いの配置】

              ●←ブルー
            独存し、安らぎたい
ロイヤルブルー→○     ・     ○←ターコイズ
  真理・真実を知りたい        全智・全能でありたい
         ・     ・     ・

          ・   ・   ・
ヴァイオレット
   →◎      ・  ・  ・      ◎←グリーン
脱出したい、超越したい         見晴し、受け容れたい
      ・              ・
        ・   ・ ・ ・   ・
          ・      ・
マジェンタ       ・・・・・     オリーブグリーン
  →○ ・ ・ ・ ・ ・ ○ ・ ・ ・ ・ ・ ○←
無条件でありたい    ・・・・・      調和したい
          ・      ・
        ・   ・ ・ ・   ・
      ・               ・
レッド→◎      ・  ・  ・       ◎←イエロー
自己を貫徹したい            知りたい、体験したい
          ・   ・   ・

         ・     ・     ・
   コーラル→○            ○←ゴールド
  育みたい、守りたい   ・    豊かで、自立したい

              ●←オレンジ
            帰属し、奉仕したい


「ブルー」と「オレンジ」の願いという「両端を同時に見る」と、
いったいどういうことになるんでしょう?

「ブルー」の願いを、ここでは【独存し、安らぎたい】という願い
に集約しました。

自分ひとりしか存在しない平安のなかで安らぎたい、という願いに
「ブルー」の意図を代表させたわけです。

自分しかいないわけですから、ドラマは起こりようがありません。

他人というものは存在しないわけです。

他人がいないなら、立場というものはありえません。

自分を脅かすもの、自分を傷つける存在はそこにはいません。

このうえない平安、安らぎです。

しかし、この競争も比較もありえないところ、考えようによっては
孤独の極みとも思えるかもしれません。

でもそれは、他者がいる世界で想像された、競争も比較もあること
が前提にあって想像された孤独です。

それは、生まれてくる前の赤ん坊を、孤独だろうと想像するような
ものです。

当の赤ん坊は孤独でしょうか? (^^;)

あなたは、生まれてくる前は孤独でしたか? (^_-)

英語には「孤独」を現す「loneliness」という言葉があります。

この言葉には「寂しい」という響きがあります。

仲間がほしいのに、仲間を受け容れることができず、その結果、
受け容れてくれる仲間もいないので、孤独だという状態です。

それに対して「aloneness」という言葉があります。

これは独りであることに自足している状態を表す言葉です。

つまり、どんなものにも依存していない状態です。

なにものにも依存しないことを願っていると言ってもいい。

「ひとり=寂しい」と想像すると、この「aloneness」はなんのこと
やらわからなくなります。

でも、独りに自足しているなら、これほど楽で平和な状態は、
ほかにはありえないでしょうね。

なにしろ、どんな葛藤も矛盾もありえないわけですから。

「ブルー」の願いはそのような【独存の平安】だとしましょう。


では、その対極である「オレンジ」の意図・願いとは何か?

ここでは「オレンジ」の願いを【帰属し、奉仕したい】という願い
に集約しています。

つまり「オレンジ」は、何かに依存し、それに帰属し、その何かに
奉仕することを望んでいると。

「ブルー」の願いよりは、こちらのほうがずっとわかりやすい、と
思われるかもしれませんね。

なにしろ「オレンジ」が願っているのは、仲間がいて、そこに帰属
することができ、奉仕すべき対象のある世界ですから。

そこにはまさにドラマがあり、人生があり、創造があり、世界があ
ります。

とても馴染みやすい、了解できる願いですよね・・・。

ただですね、この願いには、どうしても承諾しなければならない
条件がついているのです。

それは「オレンジ」の願いからして当然のことなのですが、自分だ
けではなく他人が必要だということです。(^^;)

当たり前ですよね。

ええ、わかってます、もちろん、いいですよ (^^)/、と思われるか
もしれませんが、このためにちょっと仕掛けが必要なんです。

そのためには、ちょっと【分離の幻想】という魔法にかかってもら
わなければならない、というわけです。(*^_^*)

かくして、私たちは全員、この魔法を受け容れ、そのうえで、この
人生というドラマを演じているわけです。

いわゆる「聖なる催眠」がかかった状態にいるのです。

そのおかげで、こうして人生ゲームを楽しめるわけですが、さて
ここで、この対極にある二つの願いを【同時に見て】みましょうか。

すると、どういうことになるんでしょう? (?_?)

【独存し、安らぎたい】という願いと、【帰属し、奉仕したい】と
いう願いに同時にフォーカスしてみましょう。

この二つの願いに同時にフォーカスできますか?

無理ですよね。(^^;)

この二つの願い・意図は同時には存在できないのです。

だから、この二つの色、二つの意図を加法混色すると、互いに相殺
して無色透明の光にもどってしまうわけです。

それは色として成立しえない、欲望として存在できないのです。

二つの欲望は矛盾し合っていて、両端を同時に見ると、それは欲望
として立ち上がってこられない。

一方を無視したときにだけ、他方が存在しているように見えるだけ
なのです。

しかもそうでありながら、他方なしには、一方だけで存在すること
もできないのです。(@_@)

つまり、ほんとうは存在できないものが、魔法で存在しているように
見えているだけだということです。(*^_^*)

この「ブルー」の【独存願望】と「オレンジ」の【帰属願望】の
相依排反性は、現象世界を最基底で支えている魔法です。

不思議ですね。(^_-)

ほんとうに、この「カラーローズ」で展開される“人間心理”の
世界って、いったいどこに向かっているんでしょうね。

(*^_^*)

『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこ
へ行くのか』( http://p.tl/0WWA )。(-_-)

次に機会があったら、また「カラーローズ」を別の視点から眺めて、
勝手な連想を楽しませていただくかもしれません。

いつもお断りしているとおり、これは「オーラソーマ」で認定され
た見解ではありません。

「オーラソーマ」が、ゲーテの色彩論から引き継いだ「カラーローズ」
というすばらしいツールに触発された、まったく自由な立場からの
連想です。

おつきあいいただき、ありがとうございました。<(_ _)>

                          pari 記


       ………○…………○…………○………

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