瞑想について少しお聞かせください-霊性や瞑想やハートに関する質問

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[質問]

 今日は、オーラ・ソーマそのものから、少しそれますが、
 オーラ・ソーマでも大切なものと考えられている、瞑想について、
 すこしお話を伺いたいと思って、書かせていただきました。
 
 瞑想は、オーラ・ソーマでも、或いは、精神世界に限らず、
 武道の世界でも、とても重要なものとして、考えられていると認識しています。
 私自身も、自分の人生をよりよくするために、出来る限り行っていきたいと、
 瞑想する事を心がけているのですが、上手くいっているように感じられません。
 瞑想しようとすれば、するほど、瞑想とは以って非なるものになっている
 気がします。
 
 まず、雑念がわくこと。
 呼吸も、意識すればするほど、固いものになっていくこと。
 あぐらをかぐような姿勢でするのですが、背中や足が痛くなって、
 長い間できないこと。(多分最長で30分、通常は10分くらい)
 反対に、眠りそうになること。
 また、多分、瞑想に関する、偏見も、邪魔しているのかもしれません。
  
 自分の様子を書いていると、とても恥ずかしいないようですが、
 もし、よきアドバイスがあったら、頂きたいと思います。
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[回答]

「オーラ・ソーマそのものから、少しそれますが」なんてとんでもない。
これはオーラソーマにとって、もっとも本質的な質問だと私は考えます。

だって、ヴィッキーさんがこのオーラソーマの啓示を得たのはいつですか?
それは彼女が瞑想していたときでしたね。

オーラソーマで、コースの最初に、ポマンダーによるプロテクション、
キャンドルのディデーション、
そしてメディテーションをしてからコースをはじめますね。
それって、どうしてでしょう?

メディテーションがオーラソーマにとって大切なものだからですね。
そこからオーラソーマが生まれ、始まっていく源だからです。

ところがあるとき、ある別のティーチャーからオーラソーマを学んできた人が
コマラ・ローデのティーティングデイで、瞑想について学んだ後、・・・

瞑想ってオーラソーマにとってとても大切なものなんですね。
これまで瞑想はオーラソーマをする前の準備運動かと思っていましたー、
っていうのを聞いて、びっくりしました。

まぁ、オーラソーマはいろんな教え方、理解の仕方もあるので、
瞑想はそれほど重視しないやりかたもあるのかもしれませんね。

そもそも、この瞑想っていう言葉そのものが NG なんだ
って言われました。

なんか、変な宗教じゃないかって思われちゃうようです。
オームの事件もありましたしね。
実際、オーム華やかなりしころは、ポマンダーの動作
なんかをやるだけでもあやしまれていましたから・・・
それでそういう言葉はできるだけひかえてはいたのですが・・・

でもこれ、オーラソーマでは避けては通れないので、
前回、今回と、少々理屈っぽく説明しているわけなんです。
目に見えるもの見えないものというテーマで・・・
そういうことについてもお話ししますという準備運動です。

それはともかく・・・瞑想に話しを戻しますが・・・

オーラソーマでマイク氏が指導しているガイド瞑想のテープがありますし、
そのガイド瞑想を日本語で吹き替えたテープ「すべての存在に平和を」
というテープも発売されています。

これはマイクのガイドのもとに、鈴木慶子さんがロンドンのジェームズ
アッシャーのミュージックスタジオで吹き込まれたものです。

それはオーラソーマコースでの一つの瞑想のやり方ですが、
ここでのぷりんさんの質問は、瞑想一般ということですね。

ぷりんさんは、とても正確にその様子を書かれていますね。
そして真摯に瞑想をされようとしている様子も分かります。

これ、初心者が誰しも経験することであり、
私も経験してきていることであり、大いに理解できます。

ぷりんさんも書かれているように、瞑想に対する固定観念があるようですね。
それは、瞑想といえば坐禅。
あぐらをかいて坐って、無念無想になること。

確かに坐禅は、慣れればとても合理的な瞑想姿勢であり、瞑想方法です。
坐禅になれて、姿勢が決まれば、脱落心身、心身脱落、
全く力を入れずに坐っていて、
身体の重力もなくなり、身体さえも消えてしまうような体験もします。

しかしそのような瞑想方法に固執する必要はないと思います。

坐禅だって、作務があり、動禅があり、
日常生活のすべてが瞑想になっていくようにデザインされてますね。

自分にあった瞑想方法を見つけて下さい。

そして日常生活の中での瞑想が大切だと思います。

ぷりんさんは、座っていると身体が痛くなって、
意識すると呼吸も固くなるというなら、
体を動かす瞑想があっているのかもしれませんね。
踊る瞑想というのだってあります。
動的な瞑想と静的な瞑想を組みあわすのもいいでしょう。

瞑想というのはまずリラックスすることです。
本来の自然な状態を回復することなんです。

歩くことも瞑想としてすることもできるし、走ることも瞑想にできます。
お茶碗を洗うことも、お茶を飲むことも瞑想になりますね。
木に抱きつくことだって瞑想になりますし、
「自分は誰か」と問い続けることも瞑想になります。

さまざまな瞑想の技法があります。100や200ではありません。

自分にあった瞑想をまずやってみて、1週間続けます。
それでいい感じがしたら3週間続け、3ヶ月続けてみる、
というふうにやっていきます。

雑念はわくものです。
それを止めることはできません。
止めようとするのもマインド、雑念です。

その雑念を、ただ青空に白い雲が流れていくのを眺めているように
眺めていくことができればいいです。

そのうちに思考と思考のギャップに気づいていきます。
そしてだんだんそのギャップが広がっていくでしょう。

眠たくなるのは、これまでいつもマインドにいた人は
瞑想をはじめたときにはどうしても眠たくなります。
マインドが退屈するからです。

マインドは瞑想に抵抗するので、ありとあらゆる理由をつけます。
だって、瞑想は、ある意味で、マインドにとっては死を意味するからです。

だからぷりんさんが書かれていることは瞑想の過程ではごく自然なことです。

もし本当に瞑想を深めることに興味があるなら、
ある程度瞑想を体験してきている人と一緒に瞑想するか、
そのような人にアドバイスを受けるといいでしょう。

すでにぷりんさんはオーラソーマのコースを受けておられるようですから、
ラハシャのカウンセリングのコースでも瞑想を学べるでしょうし、
10月に関西ではオーラソーマ公認の彼の瞑想のコースもありますね。
一度こつがわかれば、後は自分でやればいいわけですから。

瞑想に関するいろんな本を読んでみるのもいいでしょう。
いろんな瞑想があることもわかるでしょう。
興味があればその人に会いに行って学べばいいわけです。

瞑想はビジネスマンにも人気があって、
新体道の青木宏之氏が「運をつかむ瞑想法」
というのも最近出版されてますね。

私もずいぶん前に青木氏の本に興味をもって
新体道も一時期やったことがあります。
体を使って瞑想していくにはいいでしょう。
最近は、一般の主婦の人たちにもできるように
指導しておられるようです。

日本では、鎌倉時代あたりから、政治の指導者でも
あるいは経営の指導者でも、禅師に師事して瞑想する
というのが伝統でもありますよね。

すでにご紹介したThe Power of NOW という本も
日常生活の中での瞑想のヒントでいっぱいですね。
今ここにあることが瞑想です。

今回ターコイズで紹介したラマナ・マハリシの言葉の中でも
瞑想についてのエッセンスを学べるでしょう。

そして自分はなんのために瞑想するのかということ
についてもよく考えてみるといいかもしれませんね。

瞑想はごくあたりまえのことで、自然なことです。
自分にあったやり方で楽しんでくださいね。